思生活

平成初頭に誕生日した永遠の0歳(イボ痔)。音楽、ガジェット、ゲーム、雑学、疑問、ネタ、酒、くだらないことを全力で感じるままに記事にしていきたい。

近況

更新にムラが多いのは激しい飽き性のせいでもあるが、飽き性であるからには何かにハマっていたのもまた事実である。ということでここ数ヶ月ハマっていた事を書き留めておきたい。

 

6月 正に晴耕雨読

買ったばっかりのタブレットで当時漫画村がなくなるとかそんなこんなの問題が流行っていたので対抗するかの如く電子書籍を買いまくり、一生漫画を読んでいた。電子書籍の上手いところは1巻が無料で読める事だ。適当に色んな漫画の1巻分を読み、面白ければそのまま買ってしまう。財布から現金を失わずににネット決済のボタン一つで読めてしまう。多分1万円ぐらい使って読んでしまった。特に面白かったのが「刻刻」という漫画。ざっくりいうと時間を止める装置を巡って宗教団体と主人公一家が戦うストーリーである。アニメ化もしてたのでそれも是非。

 

7月 ブログ

更新数から見ても結構日々のネタを探してすぐキーボードを叩いていたと思う。こういうのは結構一気にドカッと何日分も書き溜めてたりもした。熱する程冷めるのも早いのは世の常なのかもしれない。8月はロクに更新をしていないのもそのせいである。

 

8月 飲み会

ひたすら酒を飲み続けた。飲み会の数が尋常ではなかった。身体を壊すことがなかったが、俺の五感がこのまま続けたら絶対的な死を暗示していた、というか生命の危険を感じていた。お酒も好きだが、人と話すのが楽しいのであろう。夏の暑さがそうさせたのか飲み会→夜のお店に行くというデス・ローテーションをかなりの頻度で繰り返していた。なぜかパチスロの調子もMAXに良く、かなりの額勝利し、すべて夜会に費やした。楽しかったが、こんなん繰り返していたら色んな意味ですぐ死ぬと思う。

 

9月 飲み会依存の残りカスとゲーム

そこそこの頻度で酒を飲みつつも空気に薄荷が交じり始める頃には外に出る気が失われていくので食欲も性欲もなくなりひたすら睡眠欲が増す。秋はセンチメンタルだけど落ち着いて生きていけるから好きだ。という事で昨年5月ぐらいからずっとやっててここ数ヶ月放置状態だったファイナルファンタジーXIVをまたやり始める。今後の年末までの予定はゲームモードに切り替えて身体を大事に生きていく予定である。

 

10月 程よいバランスの取れたゲーム寄りの生活へ

という感じである。FF14に関しては日々のルーティンをこなす感じなので特段語り尽くせることもないので気が向いたら他のゲームの配信とかもやっていこうかなぐらいな感じである。

 

 

という事で月毎にハマるものも変われば生き方も変わってくる。何か一つの事を貫き通している人はやはりすごいと思う。そういった達成感もいつか味わえるよう成長をしていきたい。

 

ブログのブの字も忘れて、たまにアクセス数みたりするとこんなブログをちょくちょく見に来てくれている人がいることがとても嬉しく感じた。

 

ひとまず書きたいことがあればまた書いていきたいと思いますので宜しくお願い致します。

 

三つ子の魂百まで

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

三つ子の魂百まで、私は双子です。そういう意味じゃないか。ここでいう三つ子とは3歳の方、どっちかっていうと幼い子供の年齢全般を示すものになっています。幼い頃に受けた形成された性格は百歳、要は死ぬまであるということなのでしょう。

先程お伝えした通り、私は双子だった。我が家の隣が父方の実家だったので私はそこでばあちゃんに面倒を見てもらい、もう片方は近所に住んでた母の妹に預けられることが多かったらしい。母は生来の弾丸気質で友達との約束があると二人を預けてすっ飛んで行き、帰ってこないというのが父(ヒロシ)の口癖であった。もっとも母は厳しい性格だったし、姑が隣に住んでるのに頻繁に家を開けていたとは思えないのでヒロシのホラだと思う。

そんなこんなで私はばあちゃんっ子だった私は様々な話をばあちゃんに教えてもらった。ヒロシがスピード違反をして3万円をばあちゃんに借りた話、ヒロシが学生時代に家で寝てるのを起こしたらあまりにぐっすり寝てて全く起きずに悔しくてばあちゃんが泣いた話、ヒロシが大学留年しそうになって就活しなくて、唯一したのが楽器屋でそれも落ちてしばらくニートをしていた話(のちにニートという言葉が生まれた頃に「俺はニートのハシリだったんだなあ」と感心していた)、結局じいちゃんのコネで会社に入ったが、業務中にマンガを読んでるのがバレて上司にクビにされそうになった話、そんなほんとしょうもないヒロシのクズエピソードを幼少期から聞いていた私は、親父おもしろいやっちゃなあ~と思っていた。たまにその事を話すと、ばあさんそんなことまで言ってんのかよ!って言って楽しそうだった。とまあそんなこんなでばあちゃんはヒロシのクズエピソードから自分の生い立ちまで事細かに私になんでも教えてくれていた。あと数年私が早く生まれていたらおそらく自分のスリーサイズまでいうんじゃないかというぐらいの勢いだった。そんな中でも印象に残っている話を紹介したい。

 

・ギブミーチョコレートで失敗した話

これはばあちゃんが小学生か中学生ぐらいの時、第2次大戦が終結したばかりぐらいの頃なのかな、米軍の車に向かって「ギブミーチョコレート!!」っていうとチョコレートをマジでくれたらしく、当時ピチピチの女の子であるばあちゃんも友達と一緒に米軍の車を道路っぱたで待っていたらしい。そして割と早めに一台の米軍の車が来たそうな。そこでばあちゃんと友達は本気で「ギブミーチョコレートォオオオオ!!!」って叫んだら車が目の前で止まった。そして強烈にいやらしい顔しながら米兵にばあちゃんの友達が腕を引っ張られてそのまま車に押し込まれそうになったところをばあちゃんが即救出。そのままダッシュで逃げて靴を片方無くしたと言っていた。まさに鬼畜米兵だったらしい。ばあちゃんは自分もチョコ欲しかったくせに友達に激怒して叱って終了したらしい。怖かったとのことでした。

 ちなみにばあちゃんが亡くなった時はあまりのショックに葬式で使ったでっかい写真もらって実家の自分の部屋にずっと飾ってた。また思い出したら書こうと思います。

甲斐性なしのじいちゃん

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

私の母方のじいちゃんは結構な生き様だったらしいのでここに記していきたい。

 

 

1.じいちゃんはモテモテだった

まずこれはどこのじいちゃんもとうちゃんも言いそうなのだが、

「若い時は本当にモテモテだった。」というじいちゃん。

子供ながらに私も「どんだけモテモテだったの?!?!」と聞くと

「長袖で出掛けて帰ってくる頃には半袖になっている。」

えっ?!どゆこと?!と思って聞いてみたところ、女性が群がってみんな袖を引っ張るから破けてしまうんだそう。これはばあちゃんも言っていたので決して盛っていた話では無さそうだったということに今考えると恐怖さえ感じた。

 

2.じいちゃんはばあちゃんを射止めた

当時若い時はじいちゃんは超遊びまくっていたプレイボーイだった。そこで箱入り娘のいいとこの金持ちのばあちゃんに一目惚れしかけ落ちをしたそうだ。こんな短い文章の中に壮絶な事件が多々あったとは思うのだが、詳しくは聞けず。ただ、金もろくに持っていないじいちゃんに対してばあちゃんも箱入り娘だから全くなんも出来なかったらしく、当時は地獄だったことが想像される。じいちゃんはビッグになりたかったらしいのでラーメン屋台を始めたそう。

 

3.じいちゃんはラーメン屋台から会社を作った

どういう経緯でラーメン屋台から工業会社を作ったのかは不明であるが、私の母が小さい時には家の屋根は藁葺き屋根で激貧乏だったそうだが、会社が大きくなり、母が高校生ぐらいにはそこそこ金持ちとして育つことが出来たらしい。ちなみにその工業会社はじいちゃんが死んだタイミングで自己破産して倒産させた。

 

4.じいちゃんはスナックのママを養っていた

これがじいちゃんが亡くなった後に聞かさせたのだが、超金持ってる時代にじいちゃんは「友達」と海外旅行にバンバン行っていたのを私も覚えている。旅行帰りのじいちゃんに旅行で撮った写真を大量に自慢しながら見せられた事がよくあったのだが、今思うと興味深いのが「すべてじいちゃんソロショット」なのだ。そう、じいちゃんは友達と旅行にいくと言ってきっちり写真を撮って帰ってくるにもかかわらず「友達の写真を一枚も撮って来ない」のである。もちろん当時のばあちゃんもバッチリ相手まで把握していたそうだが、ばあちゃんは箱入り娘なのでどうしていいかわからず不倫は諦めていたとの事なのだ。今でも印象に残っているじいちゃんの旅行写真は水中カメラで撮ったプールの中で独りふわふわしながらカメラに向かってピースサインを送るじいちゃんである。完全にNIRVANAのアルバム「ネヴァーマインド」のジャケットそのものだった。

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そんな写真もスナックのママが撮っていたというのを大学生ぐらいの時に聞かされて「ああ、死後もなお罪は続くんだなあ」なんて思ったりした。そして内緒でスナックのママの娘の病気の療養費を払い、家まで建ててあげる始末。もちろん当時は誰も知らなかったのだが、これも田舎社会の噂で回ってきて後に家族は知ることとなった。ちなみに流石にじいちゃんの葬式にはスナックファミリーは来なかったが、一周忌の時にスナックファミリー一族がうちのじいちゃんが眠っている墓に来ていて一同フリーズしたが、しっかり恩を感じているところらへんはいい奴らである。

 

5.じいちゃんは破天荒だったのかもしれない

そんなじいちゃんは最期、2000年の1月1日に亡くなった。世間が2000年問題や、ノストラダムスの予言で賑わっていたお正月に母の実家から連絡が来て慌ただしかったのを覚えている。死因は原因不明ということだったが、相当破天荒が故に自分で死ぬタイミングを選んだ可能性すら私は感じている。亡くなって18年以上経っても孫にネタにされて愛すべきじいちゃんである。いいインパクトだったよじいちゃん。泥と酒とタバコくさいじいちゃんが好きだったなあ。

億劫って言われるとこっちが億劫になる件

先日、友人との会話の中で何気なく発せられた

 

「おっくうだな~」

 

という言葉。

 

私は想像を絶する「億劫」という単位が恐ろしく思えて普段使わないことにしている。なんていったって古代インドでの最長単位らしい。調べてみて恐怖すら感じた言葉、億劫。皆さんが何いってんだこいつ状態になっているのもわかるが、その語源を説明していきたいと思う。 

まず意味から。

気乗りがせず、めんどうくさい・こと(さま)。 

 Weblio辞書より

 

こういう意味だな~ってのは皆さんおわかりかと思います。

 

では語源いってみよう。

 

まず一劫っていうのが一億回っていう単位なわけなのだが、その一劫というのがこれまた、私の股間をヒュンとさせる事象なのである。

「一劫」

それは100年に一度、天女が高い山の上に舞い降りてその羽衣で山肌をそっと撫でて帰る。次はまた100年後に現れてまた同じ高い山の岩肌をそっと一回撫でて天へ帰る。それを山が更地になるまで行う時間っていうのが一劫という時間らしい。

 

よく考えてほしい。この高齢化社会になってしまった長寿大国日本でさえ2017年時点の平均寿命は女性で世界2位の87.26歳、世界3位の男性で81.09歳である。男女平均で平均+15歳ぐらいの超長寿の人でやっと初めて天女が舞い降りて山肌をそっと撫でるシーンをギリギリ一度みれるかが100年という単位なのだ。漫☆画太郎的に言えば、死~んである。その100年という人間にとってものすごい長い時間の間に一回だけ行われるのが羽衣でふわっと山肌を撫でるだけなのである。それが山がまっさらになるまで行われるのが一劫、しかもそれを一億回行うのが億劫である。スケールがでかすぎてもはやわからない。

 

・よくわかんないけど必死に考えてみた

私なりの超妄想計算をしてみる。私が天女のコスプレをして公園の砂場の砂山を羽衣でそっと撫でるとしよう。砂山のサイズが高さ50cmの山で、天女はクッソデカイ私なわけだからある程度の半径があっても全面撫でられる羽衣だとしよう。一回そっと撫でたとしておそらく1mm削れればいいほうであるだろう。仮に全部それらが1mmのクリティカルヒットだったとしてが平面になるまでおよそ500回かかる。という事は砂場の砂山を天女が平面にするのでさえ、500回×100年であるので、5万年かかる。5万年やぞ・・・?

じゃあ実際の山に置き換えてみよう。wikipediaで調べたところ、日本の高い山TOP100のど真ん中の50位の南駒ヶ岳は標高2841mなのでこちらで計算しよう。これがクッソデカイ天女が登場したとして、南駒ヶ岳が砂山だとして一回そっと撫でてたとしても1m=1000mm、ということは南駒ヶ岳は2,841,000mm。いち、じゅう、ひゃく、せんって二百八十四万千ミリメートルにもなるということである。その山を100年に1mm削るとなるだけでも2,841,000回×100年で2,841,000,000年かかる。約28億年である。1億と二千年後も愛してるアクエリオンの主題歌を作った菅野よう子さんもドン引きだ。そしてそれが一劫という単位。それを一億回繰り返す。ということは2,841,000,000年×100,000,000回で284,100,000,000,000,000年かかる。もはや普段使う単位を超えているので参考画像を見て頂きたい。

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私の計算が間違えていなければ、約28京年かかるということである。もう心の許容メーターが壊れてどうにでもなれ状態にならざるを得ない年数になっているのでこの話は辞めるが、地球の年齢が46億歳らしいので、もはや28京年という数字が想像もつかない世界である事は確かである。こうして静かに発狂したくなる数字を思い出し、人から「億劫だわ~」と言われると、

 

「お前の億劫は一劫にも値しない」

 

という屁理屈の全く面白みも何もないセリフを大声で吐き捨てそうになるのをグッとこらえるのであった。こうして書いている今も億劫という言葉が途方もなさすぎて私はふと立ち止まり、自己幻想の世界に迷い込み、宇宙側から日本、埼玉県にある職場に帰ってくることがようやくできるのである。私が億劫に値する状態の時、それは家に帰ってご飯を食べた後、座っている座椅子から動き出すその時だけである。そして「ああ~億劫だな~」と口に出す直前にふと恐怖で口をつぐみ立ち上がるのである。

 

言葉は言霊、周りの人にも影響を与えてしまうものです。

 

ここで最後にマザーテレサの名言で閉じたいと思います。

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

 

第三回ラマダンダイエット経過報告(天国という名の地獄に笑顔で突入編)

9/7から酒も断つとTwitterでもブログでも書いて意気込んでいた。ちょうど翌日9/8その日の仕事は9時~21時。会社のおじさんが畑で取ってきたミョウガをゲットして冷奴に乗せて食べようと夕方ぐらいから意気込んでいた。そして退社時間、帰ろうとしたその時、あれ??机に置いてあった大量のミョウガ一個もないやんけ・・・。事務のおばちゃんが全部持って行ってた。おいおい30個近くあったのにと絶望しながら帰路へ。帰り道、サカナクションのベストアルバムを聴いていたらちょうどセントレイが流れた。イントロの超ピコピコ音、ブピピーーーピピッピピューピュピュッピュピュブピピーーーピピッピピューピュピュッピュピュブピピーーーピピッピピューピュピュッピュピュブピピーーーピピッピピューピュピュッピュピュがデカ目の音量で流れ始めてノリノリになり始めた。テンションが上がった勢いでスーパーへ豆腐とミョウガを買いに向かう。途中俺の中の天使と悪魔がバトルを始める。

 

悪魔「いや~酒のつまみとしてミョウガを乗せた冷奴なんて最高だよな~、ちょうど昨日実家でもらったスーパードライちゃん350mlが冷蔵庫で凍えてるぜえ?(サムイヨ~サムイヨ~)ってな。」

天使「そんな!昨日Twitterとブログで友達の為に頑張るっていってたじゃないか!!誘惑に惑わさせちゃだめだよ!!!」

俺「オレ、スーパードライ、タスケル」

悪魔「ヒャッハー!!!!やっぱりお前は最高だぜ!!!ビール一本ぐらいなら大丈夫だよ!w」

俺「ビールノム(完全に白目)」

 

スーパーにたどり着くと冷静な顔してミョウガと豆腐を購入、完全に自分に甘いので、勢いのままおつとめ品の刺し身と糖質ゼロの発泡酒500ml×2を購入。これには流石に悪魔もびっくりである。

 

そのままの勢いで帰りすべてを飲み尽くし無事就寝。

 

9/9はお酒を我慢し、朝夜抜きの夜はほんとに豆腐だけを食べてフィニッシュ。

 

9/10朝現在 体重76.25

 

飲み会レベルの飲酒量じゃないと大して体重も変わらないということがわかってきた。

 

ちなみに一回飲み会にいく時の飲酒量は

ビール1~3杯

コークハイボール7~15杯

と結構多めの炭水化物と飲酒量になるので、そりゃそうか。

 

今月中にだいぶ減らせそうなので頑張っていきたい。

 

ではまた報告します。

 

 

じゃんけんで勝つ方法

戦略が必要な勝負、例えばトレーディングカードゲームボードゲーム等の様々なゲームに関して私は先読みが何手先もできない脳みそがゆえに圧倒的に弱い。ただ、めちゃくちゃ簡単なゲームではそこそこに強い。

例えばじゃんけん勝負をするとする。そこで罰ゲームが決まるとしよう。大事なのはその罰ゲームを相手がどれだけ嫌がっているかということである。逆に勝つためには自分もめちゃくちゃやりたくないしみんなやりたくない事であることが望ましい。嫌がっていれば嫌がっているほどチャンスなのだ。なぜか。嫌であれば負けたくない、負けたくなければ力が入る。力が入ると握っている拳をグーのまま出す確率が上がる。極めつけは「最初はグー」を自分からデカ目の声とリアクションで大げさに力みながら振りかぶると相手はグーを出す。補足として大事なことは「じゃんけんで勝負を決めよう」と言ってから実際にじゃんけんをするまでの時間を短くすることである。相手に考える時間を与えないということは非常に重要なセクションだ。

ただ負けたくないっていう気持ちだけでじゃんけんが盛り上がるわけがない。豪華な景品や、逆に絶対にやりたくない罰ゲームで人々は盛り上がるのだ。そこで冷静になってほしい。冷静になるというのは本当に難しい。勝たなければならないほどその冷静さは失われていく。言い方を変えよう。相手を観察してほしい。相手の言動、一挙手一投足すべてを読み取ってほしい。友達であればいつもとは違う息遣い、言葉使い、目の動き、表情、テンションすべてをじっくり見据えることが大事である。そして自分もその動きに同調していく。そうすれば相手は自分だけ緊張状態でない安心感が増し、一定の興奮状態になっていることに気づかないのだ。下準備は完了である。そこで先程説明した相手の操作に入っていく。ざっくりまとめると、

 

・相手の観察、理解

・相手の行動の操作

・勝利

 

といった具合になるわけである。

余談であるが、じゃんけんよりも私は「いっせーのせ(指スマ等呼び名様々)」がかなり得意である。こちらも先の方法と同じような方法を用いて勝利する。出会ったばかりの当時付き合ってもいない今の奥さんと居酒屋に行った際に指スマで圧勝し、「顔の匂いを嗅ぐ権利」を得た事もあるプロフェッショナルである。

ルールはweblio参照

数人行われるゲーム一つで、参加者自身の手のひらを向かい合わせにして握りこんだ状態から、掛け声合わせて一斉に親指立てた数を「親」が当てるいうもののこと。「親」の予想した数は掛け声と共に言われるフジテレビ番組SMAP×SMAPで指スマと呼ばれたことから定着した名前であるが、実際番組以前にも存在していたゲームである。地域によって呼び方や掛け声に差があり、代表的なものには「いっせーのせ」や「バリチッチ」などが存在する。ゲームの名称と掛け声一致する傾向にあり、例えば「親」が3本の親指が立つと予想する場合、「指スマ3」という掛け声になることが多い。

たけのこニョッキゲームにも同じことが言えるのだが、相手の観察と、自分が声を発するときのトーンと抑揚とテンションと音量である程度相手の行動は操作することができる。

例えば指スマに関して言えば、たった二回親指の数を当てるだけで勝利できてしまう。その時点で緊張感がある。勝負が動き出すのは誰かが片手になった時、もしくは上がってしまった時になる。そこで場のテンションを上がっていくのを利用して落ち着いて前述の観察から入れば良い。特性としては指スマにおいて言えば、こちらがタメればタメるほど相手は指を上げやすくなる。相手が親の時は逆にそれを読み取ればいい。ざっくり書いていこう。全国版であろう指スマ指スマでイカせてもらう。

 

指スマ指スマ(数を言う)!!の唱え方であるが、

1テンション高め、早口、大声

この場合は一気にまくし立てる感じになるので、そのメンバーのヒエラルキーも一緒に考慮していこう。自分のカーストが低い場合はこれが意外とみんな指をあげない。人には同調意識がある。特に日本人には多いと言われているが、簡単にいうと立ち位置が低めだと「お前の急な命令には従いたくない」と思われてしまい、あげたくなくなってしまう傾向がある。逆に自分がリーダー格だと思う方は結構な確率で上がる。リーダーには行動を示して従わねばという潜在的な意識が働く。といった具合になるのだ。ということは、各々数は高めか低めかは当てることができるようになる。四人で行えば1~8を当てればいいわけだが、自分が指を2本分決められるのだから1~6を予想すればいい。たかしくんはいつもリーダーシップだからこの作戦なら上げないな、まさおくんはいつも僕がお世話してあげてるから上げてくれるな、なんて考えながら行うのである。非常に人間の汚い部分であるかもしれないが、個人的にいつも勝っているので参考程度にしてください。

2テンション低め、ゆっくり、小声

テンション低めでゆっくりということは完全に相手に上げるか上げないかを選択させやすい結果になる事は皆さんも想像に難いでしょう。いうなればこれは場が熱い時には上げやすい傾向にあります。人間テンションが高いと何かしら動きたくなるものだと想いますので。

3テンション高め、早口、小声

これは相当選択を決めることができる一手です。いかにテンションを高くできるかで簡単に上げさせる事ができます。まくしたててるのに小声で主張が強いイメージを消すという作戦になります。

4テンション低め、早口、大声

いわばこれはキレ気味風にやりましょう。場が一気に凍りつき、指を上げる人が一気にいなくなります。

 

というようにざっくりではありますが、こんな感じでやってみると良いのかもしれません。場の雰囲気を読んで自分なりのアクセントで行えれば相手はコントロールしやすくなります。私は心理学者でもメンタリストでもなんでもないのでよくわかりませんが、刹那的に考えて行動に移す事は誰にでもできます。勝てば勝つほど相手は警戒してきます。観察すればするほど相手の行動はきっとあなたにも読み取れるはずです。常に騙されないように自分を騙してみてください。

 

結構勝率上がるので是非やってみましょう!

 

私が宴会で服を脱ぐようになった理由

どうもこんにちは、ケータイ、財布、タバコは忘れないのに、飲み会にはいつも羞恥心を持っていくのを忘れてしまうおじさんです。

先日終電近くの電車に乗っている時、通過駅のホームで上司と思われるおじさんが勇敢な表情で腕を組んで仁王立ちしながらフルチンになってて部下らしき若いのが泣きそうになりながら必死にズボンを履かせようとしているシーンを見かけて、なんとも夏の終わりを感じております。

いつの頃だったか、私は羞恥心を無くしてしまいました。酒を飲んで宅飲みやカラオケに行って盛り上がるとかなりの高確率で全裸になります。もちろんそこに女性はいませんし、公衆の面前ではないので安心してください。店員が来そうなタイミングにはそっとズボンを履きます。

なぜ、脱ぐと盛り上がるのかを考えると、まず一点は人はタブーのようなものが潜在的に好きということである。主婦が週刊誌でゴシップを見たり、人の悪い噂話をしたり、若者が下ネタを口走ったり、人の不幸を嘲笑ったりする。「やってはいけないこと」を堂々とする人を見た時、「何やってんだこんなとこで」というツッコミの元、自分には到底できない服を脱ぐという行為に対して、好きか嫌いかは別として笑うしかないのである。

ちなみに余談であるが、勝負事においてこの「自分には到底できないことをする」という決断はとても大事である。俗にいうブラフの類である。これは文章にすると私の文章力では非常にチープに感じてしまうが、実際勝負の世界において罰ゲームが重ければ重い時こそこのブラフが非常に役に立つ。麻雀でもレートが上がれば上がるほど私は強かった。否、レートが上がれば上がるほど周りが弱くなるのだ。そこで追い打ちをかけるようにリーチのみの役を堂々とリーチする。周りは私なんかよりも良い配牌でもビビって諦め始めるわけである。ノッてる時はどんどんリーチをかける。次はリーのみではないかもしれないもっと高い役があるかもという恐怖を増大させていく。そうなった時、現場は食われる。これは相手が弱い時にのみ通じるのだが・・・。

話を元に戻そう。私は中学、高校時代で周りに「脱ぎキャラ」がいなかった為、脱ぎ芸で天下を誇れていた。(私の双子の弟も脱げるが、積極的に脱ぐタイプではなかった)それが、大学に入って一変した。そう、ライバルの出現である。一学年に一人は脱ぎキャラが配備されたサークルであったので夏合宿では100人近いサークル構成員がいる宴会場で他の節操ない脱ぎキャラが脱ぎ始める。そうすると誘われるかのように各学年の脱ぎキャラも脱ぎだす。最後のご指名は私であった。結果、「フルモンティ」ばりの男たち数人のストリップを始めなければならなくなってしまった時は流石に気持ちもちんこも萎縮してしまった。なぜか。まず、女性も大量におり、明らかに嫌がっていた女性も見ていた。トドメは当時の彼女がその場にいたことである。案の定ダンスが始まってすぐぐらいのタイミングですっぽんぽんの私に向かって真正面からダッシュしながら助走をつけて私の顔面におもいっきりグーでパンチ。数メートル吹っ飛ぶ私。酔っているのでいきなりかなりの衝撃が伝わりはしたが痛みは全くない。すっ飛んで慌てて彼女を見ると一言。「お前私がみんなの前でま◯こ出したらどう思うんだよおおおお!!!」ぐうの音も出ない超正論に私は裸のまま静かに土下座をした。そのあとむちゃくちゃセックスしたのはどうでもいい話である。

脱線に脱線を重ねてもはや何が言いたいかわからなくなってきているが、このような苦い思い出があっても場所を見切っては服を脱いでいく理由は、人と距離を近づけるのが苦手な私が思う距離の詰め方、100%の無条件降伏の提示、自分は丸腰であり、武器はありませんというアピールの意味合いが強いのかも知れない。脱げば馬鹿だと思われる分話しやすくなるかも知れない。そんな想いが私の宴会芸には込められているのだ。